大城按司の墓
ドーム状の石積み。地域を治めた有力者の墓。
大城按司・真武(しんぶ)は三山時代の人で、14世紀中期から末期ごろ大城城主であったが、麻姓家譜(ませいかふ)によると、島添大里按司(大里城主)との戦いで敗れ、稲福村の西で自害したという。亡骸は同地に葬られ、小石を丸く積み上げて塚としたという。その塚が現在の墓の原型と言われているが、いくたびか改築され、1892年に現在地に移築された。
この墓は琉球石灰岩の岩山をくり抜いて墓室をつくり、前面は切石積みとし、上部は以前の塚を模してドーム状の石積みとなっている。その形から俗に「ボウントゥ御墓」とも呼ばれており、沖縄の一般の墓とは異なる独特の形式を持つ墓として貴重である。
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